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下関簡易裁判所 昭和32年(ハ)423号 判決 1958年7月17日

原告

右代表者法務大臣

愛知揆一

右指定代理人

西本寿喜

加藤宏

岡野進

松浦東

堂原徳正

下関市大字赤間町六一番地

被告

有限会社 ワタナベ

右代表者代表取締役

渡辺政二

右訴訟代理人弁護士

長谷一郎

右当事者間の、昭和三二年(ハ)第四二三号不法行為による損害賠償請求事件について、当裁判所は、つぎのとおり判決する。

主文

被告は、原告に対し、八八、七二〇円およびこれに対する昭和三一年七月一日より完済に至るまで、年五分の割合による金銭を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

原告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として、下関税務署収税官吏伊藤一雄は、訴外中野清に対する所得税の、昭和二八年度三期分二四、六一〇円、同二九月度一期分二二、四五〇円、同三〇年度随時納期分一九〇、五〇〇円、同年度一期分三七、一八〇円、同年度二期分一二、八七〇円およびこれに対する付帯税の滞納処分の執行として、昭和三十一年六月二十六日下関市小月町の右訴外人の営業所において、別紙物件目録記載の衣料品を、同人の妻訴外中野富枝の立会のもとに差押え、右営業所内のガラス戸棚中に収容したうえ、差押物件であることの公示紙を、同戸棚の二段目裏側に貼付した後、右富枝の保管に付した。しかるに、同月三〇日被告会社代表取締役渡辺政二は、三、四名の者を伴い、中野清の同会社に対する商品売掛代金債務の支払に換えて振り出した約束手形金三〇九、〇二〇円が不渡となつたことを理由として、前記中野清の営業所において、右中野およびその妻富枝から、ガラス戸棚の中の商品は、国税滞納処分により、税務署の差押を受けているものである旨を告げられたにもかかわらず、あえて前記差押物件全部を強引に持ち帰り、これを他に売却してしまつたので、その結果、原告は、前記物件の差押公売処分による滞納国税の徴収が不可能となり、右差押物件の価額八八、七二〇円相当の損害をこおむつた。よつて、原告は、右損害額八八、七二〇円およびこれに対する右不法行為の日の翌日より完却に至るまで、民事法定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及んだと陳送し、立証として、甲第一号証の一、二および甲第二号証を提出し、証人中野清、同中野富枝、同青木哲彦の各証言ならびに検証の結果を援用し、乙第一号証の成立を認め、乙第二号証の成立は不知と述べた。

被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として、原告の主張事実中、訴外中野清において、原告主張のように、被告に対する売掛代金債務の支払に換えて振り出した約束手形金不渡のあつたことは認めるが、そのため被告が本件物件全部を強引に持ち帰つたとの事実は否認する。その余の事実はすべて不知。被告会社代表取締役渡辺政二が、原告主張の日、被告のため中野清の営業所にて、同人から本件物件のうち、別紙物件目録の、合オーバー(茶色)一着より黒子供外套一着までの商品は、中野清から同人の被告会社に対する売掛代金債務の代物弁済として任意提供を受けて持ち帰つたが、同目録の訪問着二枚以下に記載の商品はなんら提供を受けていないから被告において持ち帰つてはいない。なお事情として、右持ち帰つた商品は、もともと被告が中野清に売却した商品で、右中野がその代金を支払わないから、これを返してもらうため、前記のような手段をとつたものであると陳述し、立証として、乙第一、二号証を提出し、証人柳原章男、同家重武士の各証言を援用し、甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

まず、原告主張の、被告代表者渡辺政二の不法行為の事実中、損害額以外の点について判断すると訴外中野清が、被告に対して商品売掛代金債務の支払に換えて振り出した約束手形金三〇九、〇二〇円が不渡となつた事実は、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証の一、二および証人中野清、同中野富枝ならびに同青木哲彦の各証言を綜合すると、別紙物件目録記載の衣料品につき、原告主張のような差押がなされていたが、被告代表者渡辺政二は、このことを知りながら右中野の手形金不払を理由として、原告主張どおりの行為に出たことを認定することができる。被告は、右渡辺において、右物件が差押物件であることを知らず、中野清より任意の提供を受けて持帰つたものである旨主張し、証人柳原章男、同家重武士等は、これに符合するような供述をなしているが、前記各証人の証言と比照して到底これを信用することはできない。

つぎに、損害額の点について考えてみると、証人中野清の証言により、本件差押にかかる物件の価額は、全部少なくとも原告主張の八八、七二〇円はあることを認定しうるとともに、成立に争いのない甲第二号証によると、中野清の所得税の滞納額は、今も依然として昭和二八年度分より同三〇年度分まで合計二六万余円残存していることが明らかであるから、原告は、被告代表者渡辺政二のなした右不法行為により、少なくとも八八、七二〇円の損害をこおむつたことを認定しうる。しこうして、右損害は、被告代表者渡辺政二が、被告の職務を行うについて原告に加えたものであるから、被告にその損害賠償の責のあるものというべきである。

以上の認定は、被告の提出援用にかかるその他すべての証拠方法をもつてしてもこれを左右することができない。したがつて、被告に対し、右損害金八八、七二〇円およびこれに対する本件不法行為の日の翌日である昭和三一年七月一日より完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は、いずれも正当としてこれを認容すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき、同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高津環)

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